前名古屋市長/衆議院議員の河村たかし氏の講演を拝聴しました。

河村氏は一橋大学商学部卒業後、家業の河村商事株式会社(古紙回収業)に入社。「人生再挑戦主義」を期し、民社党の委員長春日一幸氏の秘書となり政治家を目指しました。1985 年2 月22 日に「500 円集めて作ろう庶民の名古屋の会(略称 500 円庶民の会)」を結成し、名古屋市長選挙に出馬表明しましたが、民社党離党問題が、マスコミによって問題視され、同年 3 月 18 日にやむを得ず、市長選挙への出馬を断念。 元同僚に誘われ民社党から自由民主党に入党、1990年2月18日の第39回衆議院議員総選挙に旧愛知1区から、自民党の公認ないまま保守系無所属・宏池会(宮澤派)新人候補として立候補するも落選。
2003年、第43回衆議院議員総選挙で愛知1区において4選。
2005 年(平 17)4 月、名古屋市長選挙に出馬を表明したものの、民主党から反対された他、母からの反対もあり断念。
2005 年の第 44 回衆議院議員総選挙では、民主党劣勢の中、自民党候補などを大差で下し5選。
2009年、名古屋市長に初当選。
2013年、名古屋市長に2期目当選。
2017年、名古屋市長に3期目当選。
2021年、名古屋市長に4期目当選。
2024年、第50回衆議院議員総選挙で当選を果たし、15年ぶりに衆議院議員に返り咲きました。
2007年に放送された文化放送の番組内で、番組の放送開始当初から誓約していたとおり、赤坂の議員宿舎には入居せず、地下鉄千代田線沿線の自身で賃貸契約したマンションに“自腹”で入居した事を告知しました。この告知でリスナーから高い評価を受けました。
地方議員はボランティアであるべきとし、議員報酬を廃止し、保護司や民生委員らと同じく無給とすべきと主張。「議員活動のためには経費は当然必要だ。ただ、それを税金からいただくのではなく自分で寄付金で集めるべきだ」としています。どれだけ寄付金を集められるかは本人の努力次第だ」と自著で述べています。「議員の一番大事な仕事は、減税の実現」と述べました。
衆議院議員時代、河村氏は民主党の先頭に立ち、テレビや新聞に何度も登場し、国会議員互助年金廃止を熱心に訴えました。「議員年金って、年金って名前がついているけど、本当の特権、特別なやつなんです」、「議員という特権階級の味方なのか、はっきりさせればいい。庶民の味方になって廃止法案を出す」などの発言どおり、2 度廃止法案を提出。国会議員互助年金は結局、与党だった自民党・公明党の廃止案が通り、2006年4月1日をもって廃止されました。
議員の職業化を強く批判、議員はボランティアで行うべきだとし、議員が税金で身分保障されることに日本の民主主義が成熟しない根本原因があると主張。自己の給料を 2800 万円から 800 万円への減額は議員時代に北海道の紋別町を訪れ漁民を観察した影響から。紋別の漁民年収が 300 万円程度と聞かされ、国会議員や道議会議員や市議会議員も一緒でしたが、議員は皆年収が 1000 万円以上でした。世の中を変えなくてもいいが自分達の考えを変えた方が良いのではないかと考えました。
税金を払うほうが苦労し税金で食べているほうが楽をする世界は間違っている。税金を払う人が大変で税金で食べる人が年収何千万の世界が待っているというのが現実である。官僚が民間より給与が良いのは確かだが、官僚ではなく議員や首長を問題視。日本は官僚国家ではなく「職業議員国家」だと批判。米国や豪州では議員報酬はより低い。そのような話を市長選の前に語ったらお前がボランティアでやって見ろ」と言われ、市長選の公約で取り組みました。市長選出馬当時の河村氏は 60 歳で、厚生労働省が発表した60 代の平均給与が 800 万円だったので、800 万円でやって見たら、最初は色々大変な処もあったが、800 万円でも何とかやっていけると思いました。
就任当初は議員報酬半減案は否決される状況が続きます。当初の削減案は1割減でした。一方、河村氏が高い支持率を背景にリコールの構えを見せるなか、市議会の側からも議会改革の動きが徐々に現れ、自民党・民主党は市民や有識者からなる第三者機関により議員報酬を決める案、公明党は議員活動費の保証を条件に議員報酬半減案に賛成、共産党も報酬半減案を容認する方針への転換を示していました。名古屋市議会リコール成立及び市議会選挙での減税日本の躍進を受け、2011年4月27日に減税日本、自民、公明、民主、共産の5 会派の共同提案により暫定的に市議報酬を半減させる条例案を可決しました。議員報酬半減を公約に大躍進をした減税日本ではあるが、その後、諸問題の対応が続きます。
減税について
安い税金で、よい行政サービスと、市民税の 10%減税をテコに行政改革を行い、それを市民に還元することを掲げました。減税分 160 億に対応して予算カットや人員削減を 185 億円行っており、減税分は純粋に行政改革により捻出。市長選挙の公約で市民税の 10 %減税を掲げました。そして、公約通り 1 割減となります。ただし、2010 年度限り。個人については、市民税所得割にあたる 6%のうちの 10%減の 5.4%となります。ただし、土地建物や株式等の譲渡所得については減税とはなりません。また、法人市民税についても2010年4月1日から2011年3月31日までに終了する事業年度に限り10%減となります。その後、議会で話し合われた結果、2012 年度以降個人・法人とも 5%の恒久減税(個人市民税は5.7%)となりました。全国初のことです。
その他の施策(地域委員会、市職員人件費カット等)
2010 年度より、運動促進に利するため、8 学区をモデル地域として地域委員会を開始しました。人件費10 %カット公務員給与については、ボーナスの一部カットと市職員の月給を平均で2.35%分の削減にとどまりました。2010 年度で主要事業が終了し大幅に定員を減らすことが可能になったこともあり、退職者不補充などにより人員削減を実施し、結果的に 2011 年度予算で公約である人件費 10%カットを達成したと記者発表しましたが実質は 5.5%。なお、河村氏は2014 年度当初までに 1,800 人の定員減を達成しました。