「日本経済の展望と金融政策の正常化」と題して前日銀総裁の黒田東彦氏の講演を拝聴しました。

黒田氏の日銀総裁在任期間は、正確には、2013 年 3 月~2023 年 4 月の 10 年 1 か月です(2013 年 3 月に白川前総裁の残任期 1 か月で就任し、2013 年 4 月に任期 5 年で再任され、2018 年 4 月にさらに任期 5 年で再任された)。この間、2013 年 4 月に開始した量的財質的金融緩和を、下記のような物価動向に合わせて拡大、拡充していきました。
消費者物価上昇率/ 経済成長率/ 失業率/ 国債残高GDP比
1998~2012 年 -0.2%/ 0.6%/ 4.6%
2013年 0.4%/ 2.0%/ 4.0%/ 145%
2014年 2.6%/ 0.3%/ 3.6%/ 147%
2015年 0.5%/ 1.6%/ 3.4%/ 148%
2016年 -0.3%/ 0.8%/ 3.1%/ 152%
2017年 0.5%/ 1.7%/ 2.8%/ 153%
2018年 0.9%/ 0.6%/ 2.4%/ 157%
2019年 0.6%/ -0.4%/ 2.4%/ 159%
2020年 -0.2%/ -4.2%/ 2.8%/ 176%
2021年 -0.2%/ 2.7%/ 2.8%/ 180%
2022年 2.3%/ 0.9%/ 2.6%/ 188%
2023年 3.1%/ 1.3%/ 2.6%
2024年 2.5%/ 0.1%/ 2.5%
(注)消費者物価上昇率は、除く生鮮。国債残高 GDP 比は年度末。
2014 年は、 消費税率が 8%に引き上げられ、 消費者物価上昇率が上昇して経済成長率が低下し、 同様に、 2019年には、消費税率が 10%に引き上げられ、経済成長率がマイナスになりました。一方、2020 年の大幅なマイナス成長は、新型コロナ感染症の流行によるものであり、その結果、2020 年、2021 年と物価は下落しました。いずれにせよ、大幅な金融緩和の下で、経済は回復して 1%台前半の安定成長に戻り、失業率は完全雇用水準の3%未満で安定しています(2024 年の 0.1%成長は、第 1 四半期における自動車の認証不正による一時的な落ち込みです)。企業収益は史上空前の水準にあり、人手不足が広がっています。
しかしながら、賃金はなかなか上昇せず、2022 年からの消費者物価上昇率 2~3%も、ウクライナ戦争による原油価格上昇や円安による輸入物価の大幅な上昇によるものであり、 賃金物価の好循環は起こっていませんでした。
黒田氏の退任後、植田総裁が就任し、2024 年に春闘が 5%台になり、賃金物価の好循環が開始されたとして、2024年 3 月に長短金利操作付き量的財質的金融緩和を停止して、政策金利も-0.1%から+0.1%に引き上げ、金融政策の正常化を開始しました。その後、政策金利を中立金利(1~1.5%)に向けて徐々に引き上げており、 現在は0.75%になっています。これは、2%の物価安定目標が持続的、安定的に達成されており、これ以上、金融緩和は必要ないため、金融緩和でも金融引き締めでもない中立金利に向けて引き上げているものであり、金融引き締めではありません。
ただ、この 5 回ほどの金融政策決定会合では、 政策金利の引き上げを見送ってきました。これは、 2025 年 1 月にトランプ大統領が就任して、次々に高率の関税を日欧中などに賦課してきたため、日本の賃上げを主導してきた自動車産業の収益が低下して、賃上げのモメンタムが低下すれば、賃金物価の好循環に影響が出てくる恐れがあったからです。しかし、トランプ関税は引き下げられ、自動車産業への影響も限られていることが明らかになり、日銀は、政策金利引き上げを再開しようとしています。
なお、最近の 1 ドル=150 円台半ばの円安に対して、金利を引き上げるべきだとの議論もありますが、金融政策は為替レートに対応して発動されるものではないし、為替政策は財務省の権限義務に属しているとの見解を示されていました。